ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

ご存知ですか

人権に関するさまざまな知識のコーナーです

小林 瑞恵 「アール・ブリュット」ってご存知ですか?

プロフィール

社会福祉法人愛成会 アートディレクター
特定非営利活動法人はれたりくもったり アートディレクター
小林 瑞恵(こばやし みずえ)

1979年生まれ
2004年 東京都中野区で障害のある人たちが創作活動を行う「アトリエPangaea(ぱんげあ)」を立ち上げる
2007年 滋賀県社会福祉事業団企画事業部に入職、ボーダレス・アートミュージアムNO-MAを担当
2008年 現職。多数のアール・ブリュット関連展覧会でキュレーターを務める
2012年 ヨーロッパ巡回展『Outsider Art from Japan(Art Brut from Japan)』日本側事務局およびキュレーター
2014年『ART BRUT JAPAN SCHWEIZ』展の日本側事務局およびキュレーター

「アール・ブリュット(Art Brut)」とは、フランス人画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901-1985)により創出された概念です。Artは「芸術」、Brutは「磨かれていない」、「(加工されていない)生(き)のままの」という意味で、「生(き)の芸術」と表されます。美術の専門教育を受けていない人々が独自の方法と発想により制作された芸術作品を指しています。アール・ブリュットの作家の中には、知的または精神などの障害のある作家や幻視家、市井の人々など、さまざまな作家がいます。多様な作家がいるアール・ブリュットは人が表現することの可能性や凄み、豊かさを伝える芸術分野の一つとして国内外で注目を集めています。

人の無限の創造力に出会う

アール・ブリュット作家の多くは、作品を発表することや社会から評価されることに関心が向かいません。ただひたすらに「創る」・「描く」という行為に集中し、自身の内側から湧きあがる衝動のままに創作に向かっています。そこから作家の人生そのものや制作プロセスの特異性と独自性が浮き上がって見えてくるのが特徴です。アール・ブリュットの作品の中には凄まじいほどのエネルギーと途方もない時間の中で制作されているものがあり、美術家などにたまたま発見・収集された作品の物語を紐とくと、作家の壮絶な人生までもが見えてきて観る人に感動と衝撃を与えます。

私も初めて、ジャン・デュビュッフェが蒐集(しゅうしゅう)したコレクションをもとに設立されたアール・ブリュットの総本山としても世界的にも著名なアール・ブリュット・コレクション(スイス ローザンヌ市)で作品群を目の当たりにしたときは目からウロコ、の衝撃でした。人が表現することの無限の可能性を肌で感じるとともに、作品の一つひとつにその人間(作家)の人生の物語があり、作品を通して多種多様な人の存在や生き方、在り方と出会うことができます。この世界の広さと深さ、人の多様な生の模様や生きるエネルギーに出会う衝動、アール・ブリュット。

日常の中にただ在る芸術
「つくる」と「いきる」

アール・ブリュットの作家を一人紹介しましょう。
スイスのアール・ブリュット・コレクション中に一着のウエディングドレスがあります。凸凹と繊細な模様が不規則に形成されたウエディングドレスは、不規則さからの不安定とも安定とも言えない歪みに息をのむような美しさがあります。これを制作した作家は、マーガレット・シルヴィンス(Marguerite Sirvins 1890-1957)という女性で、アール・ブリュット作家の中で有名な一人です。彼女は、26歳の時に発症し精神病院に入院しました。彼女の夢は結婚をすることでした。願いが叶わなくなった彼女は自分のベットのシーツから糸を一本ずつ抜きとり、ドレスを編み始めました。誰かに編み方を教わったわけでもなく、お手本のウエディングドレスもなく編んでいったため、何ともいいがたい不規則なディテールが結晶したドレスが編み上げられました。彼女は、いつか叶えたい結婚式に向かって、ただひたすらに編んでいき、ドレスを創ることで常に明日へ向かって生きていったのです。彼女にとってドレスを創るという行為が「生きる」ことへの欲求だったのでしょう。ついにそのウエディングドレスを着ることなく亡くなりました。亡くなるまでの約41年間、編み続けていたようです。

世界をつなぐアール・ブリュット

欧米諸国ではアール・ブリュットを扱った数多くの展覧会が開催され、また作品の収集・保存・研究が進んでいます。近年、日本においてもアール・ブリュットへの関心が高まり、多くの展覧会が国内外で開催されるようになりました。

快挙!!2013年開催された芸術のオリンピックと表される第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に澤田真一さんの作品が出展されました。 国外では、パリのアル・サン・ピエール美術館で開催されたアール・ブリュットジャポネ展(2010‐2011)は10カ月で約12万人の観客を動員し、パリ市の文化事業に貢献したことから嘉田滋賀県知事(当時)と北岡滋賀県社会福祉事業団理事長(当時/現社会福祉法人グロー理事長)にパリ市から芸術文化勲章が授与されました。また2012年4月からオランダを皮切りに始まったヨーロッパ巡回展「Outsider Art from Japan(Art Brut from Japan)」展は、2013年の3月に2カ国目であるイギリスのウェルカム・コレクションで開催され、3カ月間で約9万4千人の来場者を記録するなど、大変な話題となりました。2014年の4月1日からは、スイス ザンクト・ガレン州にあるラガーハウスミュージアムにて日本・スイス国交樹立150周年記念事業の一環として「ARTaaBRUT JAPAN SCHWEIZ」が11月9日まで開催されました。

国内でも、近年アール・ブリュットに関する展覧会が美術館などで開催されるようになり、記事や報道でも目にすることが増え関心が高まりつつあります。ボーダレス・アートミュージアムNO-MA(滋賀県近江八幡市)を始めとし、アール・ブリュットを専門に扱う美術館も各地に誕生しています。また行政や美術、福祉など多領域の分野が協働し、この芸術文化を日本の新しい芸術文化財産として育む取り組みが進んでいます。

唯一無二の輝き

アール・ブリュットを共通言語にすると、なぜこれほどまでに世界とつながり、国を越えて人々を魅了するのでしょうか。

そこにある共通したキーワードは、私たち一人ひとりが唯一無二の存在であるということです。

アール・ブリュットの作家は国や文化、育った環境、職業、年齢、性、障害の有無などこの世界にあるさまざまな境界や垣根を越えて多様です。この多様性にこそこの芸術分野の大いなる力と可能性の光をみるのです。

アール・ブリュットは、私たちに問いかけます。「芸術とは何なのか」「私たち人間はどのような存在で、どのような可能性が秘められているのか」と。人類共通の普遍的なテーマを表現のカタチで問いかけ、体感させてくれるところに観るものの心を共鳴させ、掴んで離さないのではないかと感じます。

日本のアール・ブリュットは今、ようやくその存在が知られ、根付き始めようとしています。人の表現の根源的な凄みを多くの人に感じていただけたら幸いです。

2015.2掲載

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