ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

関口修一:「高齢者の人権について考える」

プロフィール

東京都人権啓発センター人権研修講師
関口 修一 (せきぐち しゅういち)

慶應義塾大学経済学部卒。
練馬区役所、東京都庁(同和対策部、人権部等を歴任)、(公財)東京都城北労働福祉センター、
あいおいニッセイ同和損保(株)で勤務したのち、2020年4月、(公財)東京都人権啓発センター人権研修講師に就任。社会福祉士。

高齢者の活躍とエイジズム

内閣府の『令和5年版 高齢者白書』によると、2030年には65歳以上の人口を示す割合である高齢化率が30.8%になり、労働力人口は大きく減少するとされています。民間調査でも、2030年に883万人の労働力不足が発生すると予測されています(NRI「労働力不足解消と女性の経済的自立実現に向けて」)。

多くの企業にとって、深刻な労働力不足への対応が喫緊の課題であると認識しています。そのため、業務の見直しやDXへの取り組みを進めるとともに、新卒、キャリア、障がい者、外国人など新たな人材の採用と、職場環境の向上やジェンダーへ訴求するための具体的制度の導入、高齢者の70歳までの就業努力義務への対応など、既存社員のリテンションに力を入れています。しかし、ほとんどの企業においては、60歳から65歳で退職する人が多く、他の人材への施策と比較しても、人口の30%を占める高齢者の活躍を促すような体制の整備について、積極的に取り組んでいるとは言えない状況です。

その理由の一つに、エイジズムの存在があります。エイジズムとは、年齢を根拠にする「固定観念(考え方)」、「偏見(感じ方)」、「差別(行動)」であるとアメリカの医学者ロバート・バトラーは提唱しました。肯定的エイジズムは高齢者ほど経験や知恵が豊富だと認める考え方や、高齢者を敬う文化、高齢者を優遇することです。一方、否定的エイジズムは高齢あるいは高齢から生ずる不都合を理由に差別し、社会的に排除することです。肯定的なエイジズムもありますが、実際にはネガティブな側面が強調されがちであり、具体的には、高齢者は理解力が落ちる、考え方に固執し新しいことに適応できない、といった考え方や、高齢者の部下は扱いにくい、管理が難しい、意見しにくいなどを前提として取られる行動が該当します。WHOの報告書によるとスイスで実施された調査では、企業において全世代の53%の従業員が「高齢者のトレーニングは難しい」、52%の従業員が「高齢者は挑戦的な仕事への興味が薄い」と考えていました(WHO「Global report on ageism」)。



このような考え方は、いずれも無意識な人権侵害に当たります。その人の人格に対して発せられるのではなく、年齢から無意識的にとられるエイジズムは、アメリカでは、レイシズム(人種差別)やセクシズム(性差別)と並ぶ第三の差別とされていますが、この問題は、日本の社会では置き去りにされています。

民間調査によると、「65歳以上の人と働きたくない」人は20・30代で18.3%(図1・エアトリ「2019年 アンケート」)となっており、その理由は、「どうしても身体に支障が出てくる。それを素直に認めなかったり、ミスを若手のせいにされて尻拭いに奔走する者が必要となってくる。結局、人手が足りなくなる」「加齢による能力低下を我慢しなくてはならない状況にストレスを感じる」といったものでした。

更に、別の民間調査では、20代の3割が「高齢者が給料を貰いすぎている」「成果以上に評価されている」と不公平感を抱いているという結果も出ています(図2・パーソル「2021年 就労意識に対する定量調査」)。この原因は、高齢者の仕事の不透明さであり、これが仕事への支障だけでなく高齢者に対する排他性となって現れます。職場でエイジズムを経験している高齢者は職場での満足度が下がり、抑うつの原因になりますし、継続的に行われると退職へと繋がるため、組織の生産性を下げることになります。そしてこの様子を見ていた若年層においても、「自分も将来同じ状態になるのだろうか」「この会社では長く活躍できないのだろうか」との疑念を抱かせ、若年層の転職意向を高めているようです。アメリカの1万人規模の企業では、エイジズムによって1年で約60万ドルの損失が発生しているとの報告もあります(WHO「Global report on ageism」)。

そのようなことにならないようにするためには、高齢者を取り巻く環境や高齢者の考え方について理解する必要があります。



高齢者について理解する

65歳は、老齢年金の支給開始、雇用義務などの対象年齢であるため、高齢者のはじまりと広く認識されています。しかし、年齢による高齢者の定義は時代や施策の目的等によって変わる便宜的なものといえます。国も2018年2月の「高齢社会対策大綱」において、65歳以上を一律に高齢者と見る一般的な傾向はもはや現実的なものではなくなりつつあるとして、年齢で画一的に判断しない「全世代による全世代に適した持続可能なエイジレス社会の構築」をめざしています。

加齢に伴い生ずる変化や傾向は確かに存在しますが、誰にでも同じ状態で起きるわけではありません。人生は不可逆的であり、有利・不利は累積的となり、高齢になるにしたがって人々は多様になっていきます。例えば目、耳、歯等の生理的年齢は、65歳での個人差が16年もあります。
(図3・中央労働災害防止協会「エイジアクション100」)


働く意思について
内閣府によると、「令和2年版 高齢社会白書」において、働いている60歳以上の23.4%が70歳、19.3%が75歳、36.7%がいつまでも働きたい、と答えていました。しかし、「令和5年版 高齢社会白書」において、70~74歳で何らかの仕事をしている方は、33.5%に留まっています。就業には、収入以外にも、情報・技術の習得、いきがい、社会参加、つながり、規則的な生活による健康保持など多くの利点があります。東京都健康長寿医療センター研究所によれば、就業により要介護リスクも低減します。

健康について
厚生労働省によると、2019年の健康寿命は男性が72.7歳、女性が75.4歳となっていますが、健康寿命に達していないといっても、心身の衰えは否めません。傷病で通院されている方は、70代では7割を超えています。

労働災害の発生率も50代以降急激に高まります。
(図4・厚労省「2022年 国民生活基礎調査」)
(図5・厚労省「令和3年 高年齢労働者の労働災害発生状況」)


お金について
金融資産について、70代で3000万円以上を保有する世帯が17.6%と増大する一方、非保有の世帯は21.8%と高止まりです。保有額は増大しつつも大きな格差は残ります。
(図6・金融広報中央委員会「2022年 家計の金融行動に関する世論調査 総世帯」)

厚労省「2022年国民生活基礎調査」によると、高齢者世帯の生活意識について、大変苦しいは18.1%となっており、総務省「2019年全国家計構造調査」では、世帯主65歳以上の相対的貧困率は、15.2%であり、高齢者の2割前後の方は経済的に困窮状態にあると考えられます。特に、単身世帯の高齢者の相対的貧困率は29.9%、借家住まいの方は33.5%(総務省「平成30年住宅土地統計調査」より算定)です。また、残念ながら、大家さんの7割が高齢者への入居に拒否感を持っており(令和5年 国土交通省「住宅セーフティネット制度の現状について」)、これは人権問題といえます。



介護について
ほとんどの方は、「介護をする時」、「介護をされる時」がやってきます。2人以上世帯対象の調査(公益財団法人 生命保険文化センター「2021年度 生命保険に関する全国実態調査」)によると、介護期間は5年1か月、介護費用は住宅改造・介護用ベッドの購入など一時的費用が74万円、月々の費用は平均8.3万円(在宅4.8万円、施設12.2万円)が必要となります。これを基に平均総介護費用を算定すると580万円になります。

在宅介護を続けるためには、「つたい歩き、杖、歩行器、車いす」等機能低下に応じ、手すり、ベッド、遠隔見守り機器など多種多様な機器・消耗品を購入・レンタルできます。子ども世帯との同居や災害対策・省エネ対策と併せての大掛かりなリフォームも一考の余地があります。リフォームにあたっては介護保険から上限20万円で原則9割が1回限り支給されます。

デイサービスなどの通所サービスでは内容や送迎時間など、できるだけ本人に合った施設を選択します。介護度が進んだ際、馴染んだ施設、あるいはその併設の施設に入居できるかも判断材料です。自己負担額は本人の所得により1~3割です。必要なサービスが所定のサービス限度を超えた場合、所得に応じ軽減措置があります。

早めにシニアマンションや住宅型老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅などに移られる方や、介護度が進み介護付き老人ホームや特別養護老人ホームへ入所される方、病院退院後にリハビリ機能のある介護老人保健施設に移る方もいます。住まいを変えるのは経済的にも心理的にも負担が生じますから、介護や看取りがどうなるかまで検討しておきます。

終末期について
終末期における身体機能低下の態様もさまざまです。
(図7・東京都「わたしの思い手帳」)

終末期に救急車で入院すると、多くの場合、救命、治療となり病院での看取りとなります。自宅で最期を迎えたい方・迎えさせたい方は、訪問診療の医師との連携のもと、あわてて救急車を呼ばずに冷静に対応する必要があります。

終末期に延命措置をするか否か、胃瘻するかなどの治療方針を関係者が集まり決めておくACP(Advance Care Planning:人生会議)が推奨されます。しかし、ACPを行うことを拒否する権利や自分の以前の判断を止めてACPから離脱する「OPT OUT(選択の拒否、離脱)の権利」が示されない、「本人のためと無理権主義、押し付け)」となる場合もあります。そのため、医療・介護関係者へのACPの正確・広範な啓発が求められます。


詐欺や虐待について
人生の困難は思わぬところから出現し、自由が侵され、幸福が破壊されます。詐欺や虐待そして災害です。特殊詐欺や悪質商法は素人では太刀打ちできないほど巧妙になっています。「いつも家族で詐欺について話している」だけでは安心できません。知り合いの高齢者には、日頃の生活では扱わない金額を受け取ったり払ったりする場合や、パスワードを聞かれた場合などは、必ず信頼できる人に相談するようご教示ください。被害にあった高齢者は「申し訳なさ」や「人生の喪失感」を持ちます。責めると2次被害を生じ、自死にもつながりかねません。「大丈夫、一緒に考えましょう」など寄り添いが大事です。

家庭での虐待者の4割が息子、2割が夫です。殺人も生じます。虐待防止には声掛けや教育などは当然として、通報が生命線です。おかしいと気づいた近所の人や施設職員などが逡巡せずに市区町村等に通報です。虐待の証拠は不要、通報者の個人情報は守られます。

考え方について
高齢者の幸福感に影響するのは「楽観主義、外交性、社会的つながり、宗教やスピリチュアリティ、趣味、良い睡眠と運動、主観的な健康」であり、「お金や外見的魅力、教育レベル、客観的健康」などはほとんど影響しません。(中央公論新社「老いと記憶 増本康平」)。身体的不都合や家族の喪失などネガティブな状況が増えるにも関わらず、幸福感が低下しない「エイジングパラドックス」も知られています。老い先が短いという認識が幸福感を強めるとも言われます。

エイジズムの解決に向けて

これまで、高齢者を取り巻く環境や考え方を説明してきました。これら現状について理解するとともに、高齢者に対するエイジズムを解決するためには、仕事をしやすいような環境の整備、具体的には、制度面においては柔軟な勤務形態(時短、在宅勤務など)の適用、オフィスのファシリティ等のハード面、照明の明るさや文字ポイントの大きさなどのソフト面の見直し(中央労働災害防止協会「エイジアクション100」)等を参考にした安全確保と健康管理など細かな配慮が必要です。

また、マネージャーがエイジズムについて学び対抗する、エイジズムがないように従業員をサポートする、各世代の経験や特徴を活用する、世代以外の要素にも関心を持つことが、解決のための重要な要素となります。

企業としてエイジズムをなくすための方針を明確にし、労働者に対する意識改革を促すことが求められます。高齢者が安心して働ける職場が実現し、ビジネスの成長と社会全体の発展につながります。

高齢者の人権への取り組みとは

障がい者に対する対応が、個人モデルから社会モデルへの変化が求められたことで、他のマイノリティに対してもプラスの効果を生み出したのと同様、高齢者の人権に取り組むことで、誰にとってもプラスになることは明らかです。

例えば、高齢の障がい者、高齢の外国人、高齢のLGBTQなどは、マイノリティな属性が重複しているインターセクショナリティ(交差性)としての悩みがあるといわれます。

医療の発達により知的障がい者などの高齢化が進み、2016年(平成28年)には障がい者の52%が65歳以上となりました。(厚労省「平成28年生活のしづらさなどに関する調査」)

従来から馴染んでいた支援施設を継続して利用できる共生施設や高齢者施設と障がい者施設が合築され親子や夫婦で入居できる施設も増えてきました。しかし、自宅や施設で高齢の障がい者が安心して暮らしていくためには、地域の人々が障がい者も居住していることを忘れず、障がい者をより身近に感じ理解することが重要です。65歳になると「障害者総合支援法」から「介護保険法」による支援に変わることで、費用の増加やサービスの変更が発生する「65歳の壁」もあります。

結婚などさまざまな理由により、日本に定住・永住する外国人も増えています。複雑な福祉施策は、外国人が理解・活用するには難しい現状があります。高齢になると母国文化に回帰し、母国の食事・母語のみになっていく方も多いようです。的確に福祉施策を届けるために、多言語での広報や通訳・説明できる人材・機器の確保、高齢者施設での受け入れ態勢が必要です。外国人が利用しやすい高齢者施設はまだ極めて限定的です。「外国人も生涯を幸福に日本で終える時代」にすべきとの認識が必要です。(図8・法務省「在留外国人統計」)

LGBTQの高齢者には、長年の差別等の影響によるうつ病の発症やホルモン投与による変調で苦しんでいる方がいます。また、独身、離婚、長期の関係を望まない、親族との縁が薄いなどで、社会的つながりが薄い方も多いのです。一方、高齢者の多くはLGBTQについての学習機会がこれまであまり無く、理解不足です。そのため高齢者施設では職員だけでなく、利用者によるハラスメントにも注意が必要です。我が国でもLGBTQ専用の施設が開設されましたがごく少数です。厳しい差別に長い間苦しんできたLGBTQの高齢者を見過ごしてはいけません。

高齢インターセクショナリティの人々にも焦点をあてた、ち密な施策に本気で取り組んでいく必要があります。


終わりに

2030年問題とは、生産年齢人口の減少や少子高齢化などによって浮き彫りになると予想されるさまざまな社会問題のことをさします。冒頭に述べた労働力不足だけでなく、医療保険・年金などの社会保障制度の負担が増大するといった問題が考えられます。

高齢社会対策大綱では、誰もが安心できる『全世代型の社会保障』、高齢者のみならず、若年層も含めた全ての世代が満ち足りた人生を送ることのできる環境を作ることを見据えています。高齢者間の経済格差や生活のし易さの差が大き過ぎる社会では、若年者にも人生への不安やあきらめを生じさせ、将来にわたり社会が不安定化してしまう危惧さえあります。国の財政状況を考えれば、高齢者もさらなる社会参加や社会保障費の負担を覚悟せざるを得ないでしょう。その負担が、高齢者の誰もが人権をあまねく享受でき、若い人びとへも希望を与える社会の構築に結び付くことを切望いたします。




2024.7 掲載

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