ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

下村 健一:《コロナ差別》による人権侵害を防ぐために
~情報への眼力を鍛える“4種混合ワクチン”~

プロフィール

白鴎大学特任教授(元報道キャスター)
下村 健一 (しもむら けんいち)

TBSアナウンサーからフリーキャスターへ転身、「筑紫哲也NEWS23」「サタデーずばッと」等で報道現場25年。2010年、民間任用で内閣広報室に赴任。民主・自民の3政権で約900日間、首相官邸の情報発信に従事。東京大学客員助教授、慶應義塾大学特別招聘教授、関西大学特任教授などを経て、現職。
主著『10代からの情報キャッチボール入門』、最新刊は仕掛け絵本『窓をひろげて考えよう』。小5国語教科書も執筆。
インターネットメディア協会リテラシー担当理事。

「未知のウイルスによる病そのものの苦しみに加え、差別・偏見による人々の分断(中略)など、社会の危機が幅広く根深く進行」している。―――これは、全国200社以上の民放局が構成する日本民間放送連盟と、100紙以上が加盟する日本新聞協会とが危機感を込めて発表した『新型コロナウイルス感染症の差別・偏見問題に関する共同声明』の一節だ。
この時点(5月21日)で声明文の中に例示されていたのは、「感染者や医療従事者、エッセンシャルワーカーの方々に対する差別・偏見」だった。感染者が、インターネット上で実名を暴こうとされたり、デマを拡散されたり。感染者を受け入れた医療機関の従事者やその家族が、ホテルの宿泊や保育所の預かりを断られたり、といった事例が挙げられている。
更にその後、差別行為のターゲットは一段と拡大し、本稿執筆時点(8月21日)では「感染者が出た大学の、全く当該者と接触が無い一般学生」の教育実習やアルバイトが断られたり、「お盆で郷里に戻った東京都民」の帰省先に「帰って来るな」という趣旨の紙が匿名で投げ込まれたり、といった報道が相次いでいる。今後、コロナ本体の流行が再び深刻化すれば、差別事件も(そうならないことを望むが)もっとエスカレートしてゆくかも知れない。
同声明は結語で、「正しく恐れ、人をいたわる。そのような姿勢が社会全体に広が」るように…と謳っているが、では「正しく恐れる」とは具体的にどうすることなのか? そこが共有されないと、恐怖感に起因するこの“コロナ差別”はウイルス本体以上に広範に拡散し、人権を蹂躙し、社会を分断していってしまう。

「差別はやめよう」はなぜ効かないのか

新型コロナの感染防止対策で必要なのは、[区別]であって[差別]ではない。ここをしっかり分けることが、「正しく恐れる」ということだ。
[区別]とは、例えば感染者をPCR検査などで割り出すことや、科学的に必要なレベルの隔離をすること。心の距離と身体の距離は別モノだとわきまえて、親しみや信頼を堅持しつつフィジカル・ディスタンスを取ること…などだ。隔離措置に対して「自由を奪う差別行為だ、人権侵害だ!」という非難が起きないということは、これらが差別ではないという所までは、社会に共通認識はできている。ではこれが、どの一線を超えると差別に転じるのだろうか?
厄介なことに、おそらくコロナ差別の加害者は、通常の差別感情以上に無自覚である可能性が高い。ウイルスに喩えるならば、知らぬ間に“無症状感染”している恐れがあるということだ。この広報誌『明日へ』を愛読し、日頃から一連のコロナ差別現象を苦々しい思いで見ていた人(たとえば私)が、身近に感染者がいると知った瞬間に恐怖で態度を一変させ、差別行為を“発症”しかねない。更には、既に差別行為を実行している人も、「自分が行なっているのは感染防止の役に立つ“正しい”区別であって、“けしからん”差別ではない」と信じ込んでいる。
そう思っている人たちに何百回「差別はやめましょう」と呼びかけても、自分が言われているとは思わないのだから、事態が改善されるはずがない。そういうスレ違い状況が、この春以来もうずっと続いている。そろそろ空振りのキャンペーンを脱して、《何が[区別]で何が[差別]かの境界線を、皆が共通理解すること》に進まなければならない。
では、コロナ対応に於ける[差別]とは、何か。――― それは、《感染防止上必要な合理的措置の範囲を超えた、過剰な排除や攻撃などを行うこと》だ。人はどんな時に過剰に反応してしまうのかと言えば、判断の根拠となる情報が曖昧なとき。例えば「Aは、感染者Bと同じ大学の学生だ」という情報は、「Bと同じ部の寮で暮らしていた」という情報に比べて遥かにBとの接触可能性について曖昧だが、そこを無造作に同一視してしまうと、問答無用のアルバイト解雇といった過剰反応が起きてしまう。「Aは、感染者Bと同じ大学の学生だ。しかし、接点があったかどうかはまだわからない。まずそこを見極めよう」と丁寧に情報を受け止めることができれば、この過剰反応は起こらず、差別行為にもつながらない。つまり、鍵になってくるのは《情報の受け止め方》だ。
そこで本稿では、「差別はやめましょう」という呼びかけに効き目を持たせる副スローガンとして、「情報の正しい受け取り方を身に着けましょう」と提唱したい。私が各地で実施している『情報に振り回されないための4つの疑問』の学生向け授業を紙上再現することで、無自覚な“コロナ差別”を減災してゆこう。



「情報の3密」には要注意

メディアの記事であれSNSの噂話であれ、まず、そもそもどんなタイプの情報に気をつけるべきか。偏見・差別を誘発しやすい情報には、実は明らかな傾向がある。たった1つの閉じた情報源に基づいた《密閉情報》、「いいね」が急増している《密集情報》、友達・家族など近い人から来る《密接情報》――― そう、ウイルス感染を起こしやすい場面を示すあの「3密」と同じなのだ! そこで、厚労省ホームページの“本家”3密への警告表示をもじって図1のスライドを作り、学生達にリモート授業で次のように注意喚起をしてみたところ、今や彼らもこの標語には馴染んでいるので、非常にすんなりと受け容れられた。

図1《情報》も“3密”に要注意!

① 情報源が1つの《密閉情報》
君が出会ったそのヤバい話の、発信者は誰だ? その人だけの情報に閉じこもって判断して、大丈夫かな? ウイルスの感染予防には窓を開けて換気をするように、情報も開いた窓から複数取り込んで確認しよう。

② いいね急増の《密集情報》
例えば若者に人気の某ショップでコロナ感染者が出た、という噂がSNSに載り、たちまち1万リツイート(情報の転送者数)がワッと集まっているのを見たら、どう判断するか。「みんな言ってるから大丈夫、嘘じゃない」と無警戒で信じ込む? それは、「みんな行ってるから大丈夫、うつらない」と密集場所に無防備で出て行くのと同じくらい危ういぞ。

③ 近い人からの《密接情報》
「あの人、感染者が出た◯◯地区の人だから、近づかない方がいいよ」という情報を、自分が直接インターネットで見た場合よりも、その情報を見た家族や友人から「◯◯だってさ」と聞かされる方が、一段と信じやすくないかな?

―――授業後、学生たちからは案の定、こんな反応が返ってきた。「親や部活の指導者、学校の先生などが教えてくれる密接情報は、すべて正しいと思っていた。」「(情報源の友人は)普段とてもいい奴だから、疑わない。」このように言う学生には、《デマや差別情報を流す人》のイメージを転換するよう指導している。

図2「デマや差別情報を流す人」のイメージを間違えるな

そう、私達はこの図2の左の絵のような人物が差別情報を流す、というイメージを抱きがちだ。だが実際にはこういう悪意の人はおそらく相対的に少数で、多くは右の絵のような善人が良かれ(感染防止のため)と思って周囲に広めてしまうのだ。
この2枚の絵が学生たちに与えるインパクトはかなり大きく、こんな感想が相次いだ。
「とても自分に当てはまりました。皆の事が心配だったり、早く知らせてあげたいという気持ちで、(情報を)流してしまったこともあります。」「私は『この人が嘘をつくはずがない』と思って信じてしまうタイプだったので、右の絵を見てハッとしました。また、自分自身もデマ(や差別情報)を拡散するはずはないと思っていましたが、その考えは浅はかで、もしかしたら私が加害者になってしまう可能性があると思うとゾッとしました。」

セルフ・チェックの4ポイント

3密情報に感化されて差別をバラまかないように、窓(視野)を広げよう。では、具体的にどうやって?
初耳の怪しげな情報に出会ったら、とりあえずつぶやくだけで踊らされなくなる4つのおまじないがある。いわば、デマ・ウイルスに感染しないための4種混合ワクチンだ。

① 「まだわからないよね?」(=即断するな)
知らない情報に遭遇したら、たとえギョッとしてもとりあえず機械的にこうつぶやいて、すぐ友達に拡散したり何か行動に移したりせず、自分の中で一旦止めよう。なんだ、そんな当たり前の事…と思われるかも知れないが、現にこれが出来ていないから、こんなに各地でコロナ差別が続発しているのだ。
―――こうして一旦止めたら、以下の3ポイントでその情報をチェックしてゆく。

② 「意見・印象じゃないかな?」(=鵜呑みするな)
まずは、その情報を《事実描写》風の部分と《発信者の意見・印象》風の部分とに仕分けよう。たとえば「Cさん、感染者を治療してる◯◯病院のスタッフだから、買い物で会っても避けなきゃね」という情報。そうなのか、と受け取る前に②をつぶやいてよく見ると、前半部分の「病院のスタッフ」はたとえ事実でも、後半部分の「避けなきゃ」は、その発信者の私見でしかない。それに気づいたら安易に同調することなく、「では、その病院では院内感染防止の為に何をしているのか」を調べてから、行動を判断しよう。きちんとした対策を取っているのにCさんを一般的なフィジカル・ディスタンス以上に遠ざけたら、あなたの行動は感謝すべき相手を精神的に痛めつける心ない差別行為だ。

③ 「他の見え方もないかな?」(=偏るな)
こうして②で仕分けた《事実描写》風の部分の中にも、まだ事実の顔をした誤報(勘違い・思い込み等) や偽報( フェイクニュース等)、更には「事実だけれど一面しか捉えていない偏った情報」などが混じっている。それを識別するために③をつぶやき、その情報を様々な角度から眺めてみよう。
角度の変え方の手法は多々あるが、このコロナ下で最低限、大急ぎで身に付けるべき習慣は、《複数の情報源に当たること》。例えば「DさんはPCR検査で陽性だったのに、待機中の自宅から無断で出歩いていてけしからん!」という噂。たとえご近所で大勢の人がささやいていても、情報の出どころが1ヶ所だったら、それは〝複数情報〞ではなく単数だ。他のルートで聴いてみたら、「Dさんはたしかに感染者だったけど、もう陰性反応に戻って治癒と診断されたから外出を再開した」のが真相かもしれない。感染者について不確かな誇張や人格批判的な噂を言いふらすのは、差別行為を呼びかけているようなものだ。

④ 「隠れてるものは無いかな?」(=中だけ見るな)
最後にとても重要なのは、ニュースだろうと友達とのお喋りだろうと、《情報とは全てスポットライトである》という基本認識だ。スポットライトである以上、そこには《周囲の暗がり》が必ずセットで存在するので、照らされている中だけ見て「これが全てだ」と判断しないこと。例えば、この絵のように。

図3「若者は危機感が薄い」・・・?

この例は、学生達には説明不要で大いにウケ、こんな感想も返ってきた。「外を出歩いている若者を映して、若者全員の危機感が薄いかのように報道され、それを鵜呑みにした中高年層に尤もらしい顔で苦言を言われるのは、本当に心外でした。私達きちんと外出を自粛している若者は当然、街中を映した映像には映りません。スポットライトが当てられている情報だけを見て判断するべきではないのだ、と身をもって知るいい機会となりました。」
ただ苦言を言われるぐらいならまだ良いが、このように「若者は…」「東京人は…」などと一括りにステレオタイプに当てはめて対応の仕方を決めることは、とても大規模な差別行動に繋がる恐れがある。「スポットライトの中に見えているものが全世界だと思うなよ」という自戒は、非常に大切だ。

「ソウカナ」で、たくましい眼力を

以上4つの小見出しの( )内を再掲すれば、
① ソク断するな
② ウ呑みするな
③ カタよるな
④ ナカだけ見るな
―――頭文字を並べると「ソ・ウ・カ・ナ」。初耳の噂話に接した時は、とにかくまずソウカナとつぶやいて、偏見・差別・人権侵害の《減災》に努めよう。

お気づきの通り、本稿で述べた事は、コロナ差別の拡散防止策であると同時に、平時の一般的な人権教育やメディアリテラシー教育としても全てそのまま通用する。私は20年ほどこの教育実践を続けてきたが、今ほど世の中でこの分野への学習欲求が高まっていることはかつてない。最近この講義を受け終えたある学生は、こう言った。「ここで知った事を明日から色んな人に教えて、皆で協力してコロナ騒ぎを乗り越えていきたい。」
――― 需要(差別したくない・されたくない、という学習動機)も供給(次々に登場する眉ツバ情報)も急増する中、この現実と直結したリモート授業や企業研修を全力で展開してゆくこと。情報の混乱によって世界が無用な不安・恐怖・偏見・差別・分断に陥ってゆくのを、何としても阻止すること。それは今、コロナ禍に対峙する私たち全社会人の、喫緊のミッションである。



2021.1掲載


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