ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

永田龍太郎:「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」が取り組む、 インクルーシブな地域社会づくり

プロフィール

渋谷区総務部
男女平等・ダイバーシティ推進担当課長
永田 龍太郎(ながた りゅうたろう)

複数の民間企業でマーケティング業務に携わる。
実務経験を生かしたプロボノとして、社内外に向けたLGBT施策の立ち上げをリードしたことをきっかけに、2016年9月から日本初の同性パートナーシップ制度を導入した渋谷区で、多様な性の共同参画推進に取り組む。

インクルーシブな社会づくりをめざす渋谷区基本構想

各自治体は「基本構想╱基本計画」といった名称で、施策の方向性を指し示すビジョンを策定している。20年サイクルで改訂している渋谷区は2016年、「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」をビジョンとする基本構想を策定した。*1

ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)を渋谷区の一番大事な価値観に据え、人権施策に限らず教育、ビジネス、エンターテイメント等あらゆる領域において、多様なものが尊重しあい、混じり、ぶつかり合うことを通じてインクルーシブな未来を切り開いていこう、という非常にユニークかつ意欲的なビジョンである。

外資企業で長らく働き、「ダイバーシティ&インクルージョン」を一語として捉えていた私は、多くの日本企業が掲げる「ダイバーシティ推進」「多様性を受け入れる」という言葉に首を傾げてしまう。なぜならダイバーシティは「既にそこにある多様性を認識する」ことでしかなく、論ずるべきは「インクルージョン」(共生社会づくり)のアクションであり、周回遅れの感が否めない。

今回は「ちがいを ちからに 変える」インクルージョンの取り組みとして、福祉分野の取り組みであるシブヤフォントと、同性パートナーシップ証明を中心としたLGBT施策について紹介するが、企業におけるインクルージョン施策の参考になれば幸いである。

*1 渋谷区基本構想サイト
https://www.youmakeshibuya.jp/

渋谷区基本構想の周知活動の一貫として、カジヒデキ作曲、野宮真貴歌唱の「夢見る渋谷 YOU MAKE SHIBUYA」およびPVを制作した。

フォントを超えて広がる「シブヤフォント」

それは「渋谷みやげ開発」から始まった
シブヤフォントとは、渋谷区内で暮らし・働く障害のある人たちが描いた文字や数字や絵を、区内のデザイン学校の生徒がフォントやグラフィックパターンとしてデザインに仕上げた、渋谷区公認のパブリックデータである。2016年秋にスタートし「東京2020公認プログラム」にも認定されている。*2

東京都を訪れる外国人旅行者は約1310万人、うち4割以上が渋谷区を訪れている(平成28年東京都観光客数等実態調査結果、平成28年国別外国人旅行者行動特性調査報告)。スクランブル交差点やハチ公等をめざして多くの観光客が訪れる一方、誰もが想起するお土産がなく、改善の余地が大きいと渋谷区では考えている。

さまざまな部署に「渋谷みやげ開発」の号令がかかったが、その一つが障害者福祉課であった。そこで2016年秋、さまざまな福祉×デザインのプロジェクトを主導し、桑沢デザイン研究所でも教壇に立っている磯村歩氏を迎え、「渋谷みやげ開発プロジェクト」がスタートした。プロジェクトに参加した学生たちは障害者支援施設を訪ね、障害のある人たちと協力しながらおみやげ開発に取り組んだ。一人の学生が「障害のある人が書いた文字をデザインし、データ化したら面白い」という「コト」づくりのアイデアを提案し、これがプロジェクトの選考会において最も高い評価を得た。ここに、障害のある人や学生等、皆が平等に開発へかかわるデザイン共創プロジェクトがスタートした。

*2 シブヤフォント
http://www.shibuyafont.jp/

シブヤフォントを活用した商品サンプル

2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展
複数のステークホルダーを巻き込む共創プロジェクトがスムーズに前進した背景としてはやはり、「超福祉展」*3 の存在が大きい。「超福祉展」は、従来の福祉イメージ「ゼロ以下のマイナスである『かわいそうな人たち』をゼロに引き上げようとする」ではなく、「全員がゼロ以上の地点にいて、混ざり合っていることを当たり前と考える」意識のイノベーションを提唱し、2014年から渋谷で開催されている。2017年の超福祉展において、3Dプリンターといったデジタル技術を活用した区内の施設との共創から生まれたシブヤフォントのプロトタイプが紹介され、シンポジウムには「福祉×デザイン」の可能性に関心のある企業やデザイナーが多く参加した。

*3 超福祉展
http://www.peopledesign.or.jp/fukushi/
シブヤフォントの広がり
2017年からはグラフィックデザイナーのライラ・カセム氏がプロジェクトのアートディレクターとして加わり、質の高いデザイン性を担保しながら、障害のある人と学生が、自由闊達で渋谷らしいデザインを数多く生みだすことが可能となり、デザインプロジェクトとして活動の幅も広げた。その一つが「パラスポーツ応援タオル」である。7つの障害者支援施設が参加し、7種のデザインタオルが試験販売されたのち、超福祉展の公開審査会で選ばれた上位3作品がシブヤフォントの公式グッズとして販売されている(渋谷区役所1階のコンビニで常設販売中)。

障害のある人とそうでない人が継続的かつフラットに向き合う経験の提供という意味でも、このプロジェクトは非常に大きな意味を持っている。シブヤフォントは「おみやげ開発」といった枠を超え、インクルーシブな未来づくりのエンジンとして進化を続けている。

NY市視察の際、おみやげとして「パラスポーツ応援タオル」をプレゼントしたが、その仕組み、デザインともに好評を博した。

パートナー企業、絶賛募集中!
障害者支援施設は働く人たちの工賃アップという構造的課題を抱えており(就労継続支援B型事業所における平均工賃は1万5033円╱月。平成27年厚生労働省調べ)、「一つ作っていくら」を超える仕組みづくりという点からも、シブヤフォントは将来性が期待されている。

シブヤフォントのデータ使用に係る著作権使用料は障害者支援施設に入り、各施設の判断で工賃に反映される。従来の障害者支援施設で生まれる自主製品とは異なり、シブヤフォントのデータを活用した商品は大量生産が可能だが、小さな施設が在庫リスクを抱えることは難しく、区役所が在庫リスクを負ったり企業とのマッチング機能を持ったりすることも立場上難しい。そのため、リスク部分も引き受けてもらえるパートナーシップ体制の構築が不可欠である。

企業の持ち味を生かしたステークホルダーとして商品開発に関わることは、まさに従業員を巻き込んだCSV(注1)プロセスであり、多くの企業にとって多くのメリットがあるのではないかと考えている。この記事を通じ、一社でも関心を持ってもらえたら、誠に幸いである。

(注1)
CSVとは…Creating Shared Valueの略。市民と共有できる価値を創造する、という意味。 社会的課題を自社の強みを活用することで解決することを指すが、自社のビジネスにも貢献する視点を持つため、CSRとは区別される場合がある。

同性パートナーシップ証明から見える、企業への期待

渋谷区から全国に広がるパートナーシップ制度
2015年4月「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」(以降、条例)*4 が施行され、同年11月5日に日本初となる同性カップルへの「パートナーシップ証明」*5 の交付がスタートしてから4年経とうとしている。導入済みの11自治体に加え、2019年度は既に13自治体がパートナーシップ制度を新たに開始し、導入自治体の総人口は1800万人に迫り、制度利用者も550組を超えた(2019年8月1日現在)。

*4 渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/jourei/lgbt.html

*5 渋谷区パートナーシップ証明
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/lgbt/partnership.html

パートナーシップ証明 最大のネックは、地域の「空気」
渋谷区パートナーシップ証明に関してよく頂く質問に「取得すると、住民票や戸籍に何か追記されますか?」がある。*6

「条例に基づくため、追記はございません」とお伝えすると「ああよかったです」と反応される方が多い。記載が無い、つまり相続や税の控除等のメリットが無いにも関わらず、喜ぶのは何故か。住民票は職場等に提出する場合が、戸籍は家族が写しを取る場合がある。制度があっても社会的カミングアウトを強制される(=アウティング)恐怖から利用できない同性カップルが多く存在している。本来安全であるはずの家庭、学校、職場といった地域社会に、同性カップルが安心して暮らせる空気が保障されていない課題が透けて見える。

またLGBT全体の中で同性愛者、かつパートナーがいるのはごく一部で、渋谷区に住む殆どの当事者は暮らしやすさの変化を実感していない。制度作りに目が向きがちであるが、地域の空気を変えるまでには、道のりが長いことを痛感している。

*6 渋谷区パートナーシップ証明実態調査
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/shisetsu/bunka/oowada/partnership_hokoku_kokai.html
アライ=「LGBTも生きづらくない社会への思い」を、「見える化」
LGBT当事者が地域で声を上げ、可視化されることが推進には有効ではあるものの、カミングアウトのリスクが高い状況下、現実的ではない。一方、LGBTも生きづらくない社会を願う人のことを「LGBTアライ(Ally=味方、支援者)」というが、非当事者がアライを表明することは、何のリスクも無い。

渋谷区では、区の花であるハナショウブのマークを、性の多様性への支持を表す6色の虹で彩った「レインボー・アイリス」というマークを開発し、身につけたり職場で貼ったりできるバッジやステッカーを活用した「LGBTフレンドリーの見える化」に腐心している。

企業に求められる「現場での取り組み推進」
昨今、ビジネスに好循環をもたらす観点から、あらゆるダイバーシティ課題において従業員と顧客の「360度の心理的安全性を担保する」ことが注目されているが、実現には性の多様性への理解浸透と支援が避けて通れない課題である、と認識されつつある。

日本でもwork with Pride (性的マイノリティに関するダイバーシティ・マネジメントの促進と定着を支援する任意団体)によるLGBTフレンドリー企業指標に参加する企業が年々増える一方、就職活動でそういった企業の門を叩いたLGBTの学生や、サービス対応をうたった企業の店舗を訪れた同性カップル等から、落胆の声も聞かれる。
指標のチェックボックスは埋められても現場と乖離する企業が散見される中、社会の視線はポリシー整備から取り組みの実効性担保に移りつつある。

こういった状況を鑑み、渋谷区では事業所等が活用できる小型の紙製POP「しぶやレインボー宣言POP」*7 の配布事業を行っており、現在40近い事業所が「見えないマイノリティ(顧客╱従業員)」が安心してアクセスできる場づくりに活用している。また、LGBT当事者にとってのセーフプレイスの見える化という意図から、賛同企業リストはHPで公開している。

*7 しぶやレインボー宣言POP
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/lgbt/lgbt_pop.html
今後の課題
来る東京2020大会(オリンピック憲章はLGBT含むあらゆる性差別を禁止。納入企業へ課される調達コードもLGBT差別禁止を明記)、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標。ジェンダーの平等にLGBTも含まれると事務総長が明言)を採用する企業の増加等を背景に、今後も積極的に取り組む国内企業は増えると思われる。

しかしながら、東洋経済(注2)CSR等を見るに、大企業の3割以上が何等かLGBTに関して取り組みを実施している一方、中小企業での取り組みは立ち遅れている。
地域の方が「渋谷区役所で事業所向けのLGBT啓発講座があるので行ってみたらどうか」と区内事業者に案内したところ「LGBTの人権と言われても、宇宙人の人権レベルに遠い話にしか聞こえない。忙しいので時間は割けない」と言われてしまった、という冗談のような話が渋谷区内でも未だ聞かれるのが現状である。

人手不足が深刻になりがちな中小企業こそ、LGBTの人権課題に取り組むことの恩恵を受けやすいとも考えられる。地域社会において、職場や店舗は人が集う「場」の一つである。推進企業が率先してロールモデルとなって地域へ良い刺激を与え、LGBTが当たり前の隣人として安心して暮らせる街づくりの一端を担っていただけることを、心から願ってやまない。

(注2)
東洋経済新報社実施のCSR調査

2020.2掲載

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