ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

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有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

実見!就労移行の支援の現場 Kaien新宿を訪ねて

Kaien新宿の入っているオフィスビル

発達障害に特化した就労移行支援事業を展開している株式会社Kaien。 2018年5月、その事業所のひとつを新宿に訪ね、支援の実際を取材。 東京人権啓発企業連絡会 広報委員会

ふた通りの業務訓練

JR新宿駅から歩いて10分ほど、お滝橋通り沿いに建つオフィスビルに株式会社KaienのKaien新宿は入っていた。首都圏に7カ所ある事業所のうちのひとつだ。
エレベーターを降りると白を基調にした明るく広々とした部屋に通された。6、7人は座れる大きなテーブルがいくつか並ぶ。この部屋の一角の開け放たれたドアの向こうに、利用者たちの姿が見えた。ブリッジコンサルタントの住岡弘士さんに案内され、私たちはそのドアをくぐった。
30人ほどが真剣な表情で〝業務〟に取り組んでいる。雰囲気はオフィスそのものだ。見たところ20代から30代がほとんどで、7、8割は男性である。

利用者のひとりから「週替わり業務」の説明を受ける

ご案内くださったブリッジコンサルタントの住岡弘士さん

住岡さんによれば、ここでは利用者はほぼ半々に分かれ、ふた通りの訓練を受けているという。ひとつは実際の職場での事務を想定した「週替わり業務」。1~2週間の短いスパンでいろいろな業務を体験するそうだ。
「たとえば経理とか企画のような仕事、あるいは学校の事務のような内容です。いろいろな業務をやるなかで、適正な業務を見つけようというのが狙いです」と住岡さん。
訪ねた日は現金管理業務の体験だった。データ上の精算書に記された金額を請求し、それを受けた人は模擬の貨幣と紙幣を金庫から取り出して封筒に入れる。その後2、3人でペアになって相互に確認するという内容だ。では、この体験で利用者は何を学ぶのか。現場の説明に立ったひとりの利用者はこう教えてくれた。
「あちら(利用者たちを見わたせる位置)に2名の方が座っていらっしゃいます。あの方たちは上司役です。その方に報告、連絡、相談をこまめにすることでコミュニケーションスキルを向上させます」
一対一でつきっきりになって指導はしないという。利用者にはマニュアルを読んでできることをしてもらう。そうすれば、できないことが必ず出てくる。「そこで質問に行けるか、相談に行けるかということがとても大切です」と住岡さんは語る。

時間割の一例

さて、もうひとつの業務は手や身体を動かす作業系だ。ここでは「Kaienハート」と呼ばれており、特例子会社での就労を想定している。中古子供服の検品作業やサイズ計測、写真撮影、Kaienの会社案内パンフレットの印刷や折り込みなどをやっている。ちなみにここで検品した子供服は、秋葉原と代々木の事業所がネット上で販売するという。
先ほどの週替わり業務と違い、Kaienハートは人数の多いグループ作業だ。作業はリーダーを中心に進められる。午前と午後、必ず作業計画を立て、それを事前にグループ内で共有し上司にも報告。それぞれの終了後、達成状況を見て、未達の場合はグループで改善策を検討する。
しかも、そのために利用者自身でマニュアルやルールを作り、それに従って作業を進めることで、共同で行う業務の体験を積んでいくというのである。

本当に大切なこととは

住岡さんによれば、利用者は特例子会社のような手厚いケアのあるところで働きたい人、自身の特性を理解してもらい、自然なサポートのもとで働きたい人に二分されるという。そうした希望を考慮しながら、各人の特性に合わせて面接へ向けた支援も行う。
利用者ひとりにカウンセラーがつき、2週間に1回の割合でカウンセリングを実施。作業体験を通して何ができるか見えてきたものを聞き、適職を見つける。多くの場合、体験開始6カ月で就職が決まるという。
そして面接練習。これは障害者枠で就職を希望する人が対象だ。自分の障害の特性、必要な対策や配慮を企業に伝える練習である。本番で過度な要求、無理な要求をしないようにするため、想定問答集のようなものを用意するという。
とはいえ、アスペルガーの傾向の強い人の場合、一字一句を正確に話そうとしてロボットのような応答になってしまうことがある。したがって、面接の応答をどこまで作り込むかは人によって差をつけるという。一方、ADHDといわれる人は話している最中に話題が抜けたり、脱線したりすることが多いので、応答はある程度かっちり作ったほうがうまくいく場合があるそうだ。
さらに履歴書や応募書類の添削だ。発達障害の傾向が強い人の場合、自己PRを書けないことが多い。そのために作業体験でうまくいったことなどを書くよう指導するという。
こうした支援もさることながら、就職活動で最も大切なのは「仲間」だと住岡さんはいう。発達障害の人はコミュケーションが苦手だといわれるが、実際は他者とのつながりを求めている人が多い。就活の場面で支えあえる仲間はとても力強い存在になるという。Kaienの各事業所の利用者が30人前後なのは仲間を作るのにちょうどいい数だからだという。こうした仲間をつくる状況づくりも重要な支援のひとつなのだ。 最後に住岡さんはこう話してくれた。
「支援を受ける方たちにとって本当に大切なことは社会で必要とされている、求められている、そしてお金も稼げることなのではないかと思います。これまで輪の中に入れなかった人が輪に入っていける姿を見られることが、この仕事の醍醐味だと私は感じています」
就労支援に実を結ばせるのは最終的に誰なのか。改めて私たちはそれぞれを見つめ直し、Kaien新宿を後にした。

住岡さんから就労支援の詳細について説明を受ける

2019.2掲載

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