ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

小室淑恵:ワーク・ライフバランスの必要性と、これから求められる働き方

プロフィール

小室 淑恵(こむろ よしえ)

1999年04月 株式会社資生堂 入社
2006年07月 株式会社ワーク・ライフバランス 設立
2008年04月 内閣府 仕事と生活の調和連携推進・評価部会委員
2009年01月 厚生労働省 仕事と生活の調和推進委員会委員
2009年02月 内閣府 男女共同参画会議 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する専門調査会委員
2009年10月 金沢工業大学 客員教授 (現職)
2013年04月 内閣府 子ども・子育て会議委員 (現職)
2014年09月 経済産業省 産業構造審議会委員 (現職)
2014年09月 産業競争力会議 民間議員
2015年02月 文部科学省 中央教育審議会委員 (現職)

著書に「労働時間革命 残業削減で業績向上!その仕組みが分かる」(毎日新聞出版)、「女性活躍 最強の戦略」(日経BP社)、「結果を出して定時に帰る時間術」(成美堂出版)など

長時間労働は「勝つための手段」ではなく「負けている原因」

5年前、建設業の労使共催の講演会で「働き方改革」をテーマにお話しさせていただき、質疑応答の時間に思いがけないほど強い口調でこう言われました。「うちの会社は今まで、お客さまが前日の夜にオーダーしてきても、翌朝までには仕上げるという夜討ち朝駆けで対応することでお客さまから選ばれて、現在の売り上げを維持してきたんだ。あなたの言うワーク・ライフバランスなんていうことを真に受けて実行して、お客さまが離れていって業績が落ちたら、あなたが保障してくれるの?現場は甘くないんだよ」
多くの企業で、働き方改革を推進しようとする人は、この言葉を日々突き付けられていることでしょう。
この時、私が答えたのは「もしも、お客さまが御社の夜討ち朝駆けで対応してくれるということ〝だけ〞に価値を感じて依頼してくれていたのであれば、その対応がなくなることで、確かにオーダーは来なくなるでしょう。でも、私から見て、お客さまが御社を選んでいる理由は〝技術力の高さ〞だと思いますよ。むしろ、その技術力をもっと研鑽して他社に圧倒的な差をつけることで、付加価値勝負の仕事で稼がなくて大丈夫でしょうか?次々に技術者が育っているような環境を作れているのでしょうか?」という内容でした。

この講演会をきっかけに役員が決断し、コンサルティングに入ることになり3年半ほどお手伝いさせていただきました。結論から言うと、全社をあげて労働時間改革に取り組んだ結果、取り組み前には6億円だった利益がなんと40億円に伸び、売上高そのものも16%増えたのです。
この会社は政府の案件に入札するような仕事が多く、資格を持っている人を一定数、プロジェクトにアサインする必要があり、かつ一定以上の掛け持ちをさせてはいけないため、働き方改革の取り組み前は、大型案件をいくつか受注すると、もう資格を持っている人が足りないので、あとは資格のいらない小粒の案件をたくさんやって、売上のかさを稼ぐしかないという状況によく陥っていました。
大型案件だろうと、小型案件だろうと、1案件ごとに提出しなくてはならない書類の量は同じくらいあるので、受注すればするほど、業務量ばかりが増えて利益がなくなり、しかしながら利益も売り上げも両方落とすわけにはいかない、せめて売り上げだけは前年をキープしたいということで、月間100時間を超えるような残業が発生していました。
そんな泥沼状態が、全社を挙げて働き方改革に取り組み始めると各自が学ぶ時間を確保できるようになり、次第に資格試験に合格する技術者が増えてきました。
また、資格を持っていても、案件の入札審査で肝心の受け答えが上手くできないと受注することができないのですが、以前はベテラン技術者が新米技術者に入札審査での受け答えを指導するような時間はまったく持つことができませんでした。それが、この働き方改革の取り組みにより日々の業務時間内に、入札審査でどう受け答えするか、資料の作り方はそもそもどこが肝なのかといった、それこそ生産性を上げるために不可欠な情報をチーム内で共有する時間が確保できるようになり、社内勉強会も開かれるようになったのです。こうして、この企業は高い技術力を必要とする案件、すなわち利益率も良い案件に狙いを定めて入札していくことができるようになり、受注できる勝率も格段にアップし、以前よりも少ない案件数で、これまで以上の売り上げ、利益を達成しています。

冒頭の質疑応答に代表されるような、長時間労働は「勝つための手段なのだから働き方を変えるなんて無理」なのではなく、長時間労働は「負けている原因なのだから、今すぐ変えないと永遠に勝てない」のです。

人口ボーナス期と人口オーナス期

このことを、その国の人口構造ともリンクさせて、非常に明確に「人口ボーナス期」「人口オーナス期」という考え方で説明している学説を紹介します。(図1)
人口ボーナス期・人口オーナス期とは、ハーバード大学のデービッド・ブルーム教授が展開して、世界的に注目をされている考え方です。人口ボーナス期とは「若者の比率が高く、高齢者の比率が非常に少ない人口構造の状態」を指します。この人口比率にある国は、安い労働力があふれていることで、早く・安く・大量に仕事をこなして世界の市場を凌駕し、かつ一方では高齢者の比率が少ないので社会保障費の負担が極めて低い。国として儲かったお金はすべてインフラ投資へ回すことが出来るので、人口ボーナス期の国は爆発的な経済発展をして当たり前で、アジアの奇跡と呼ばれる経済発展のほとんどがこれで説明できてしまいます。今ちょうど人口ボーナス期にあるのが中国、韓国、シンガポール、タイです。中国はまもなく人口ボーナス期が終わります。インドはなんと2040年まで続くのだそうです。では日本はいつだったのでしょうか?

右肩に下がっていくのが年少人口の率、右肩に上がっていく点線が老年人口の率です。一番上の少し太い線は従属人口指数といって、何人で何人を支える社会か、ということです。従属人口指数が低い時期は、支える人数が多くて、背負う人数は少ないので国としては身軽で発展しやすい時期です。このグラフの左側で従属人口指数が高いのは、まだ多産の時期で子どもが多いことで国として子どもの養育・教育にコストがかかる状態だということです。しかし、育てた子どもがどんどん労働力となって国を支える側に回ると、従属人口指数がぐんと下がり、1960年代半ばで底を打っています。つまり、日本は1960年代半ばから1990年代半ばまでが「人口ボーナス期」だったのです。日本が高度経済成長した時期とピタっとはまることがお分かりいただけると思います。

図1

従属人口指数=(0 ~ 14 歳人口+65 歳以上人口) / 15 ~ 64 歳人口*100、
年少人口指数=0 ~ 14 歳人口/ 15 ~ 64 歳人口*100、
老年人口指数=65 歳以上人口/ 15 ~ 64 歳人口*100

 

そして、一度人口ボーナス期が終わった国に、二度と人口ボーナス期は訪れないのです。残念ながら日本は、図1に矢印で示した通り、すでに人口ボーナス期が終わって20年ほどたつところにいます。
経済発展した国では医療や年金システムが充実し、寿命が延び、かつ少子化によって高齢者の率が増える。こうして、かかる社会保障費が膨大し、国民1人当たりGDPが横ばいに入っていきます。こうなると、この図1でグレーに表れている部分の「人口オーナス期」に入っていきます。

負担が増す人口オーナス期

「オーナス」とは、「負荷」とか「重荷」という意味です。その国の人口構造がその国の経済に「重荷に働く」時期という意味です。「支えられる側が支える側より多くなってしまう構造」です。この人口オーナス期に入った国が抱える典型的な問題は、デービッド・ブルーム教授によると「労働力人口が減少し、働く世代が引退世代を支える社会保障制度を維持することが困難になる」のだそうです。まさに日本の現状そのものです。こうした状態を回避するために、人口オーナス期の政策のポイントは

① 生産年齢人口でありながら、まだ労働参画できていない人(女性・障がい者・介護者)が労働参画できることにより短期的に労働力人口を確保すること
② 真に有効な少子化対策により未来の労働力人口を確保すること

の2点です。この「真に有効な少子化対策」に関して、最近政府が大変注目しているデータがあります。1人目が産まれた時の夫の家事育児参画時間が短いと、2人目、3人目が産まれていないということが分かりやすいデータです。(図2)

図2

今までの政策は主に、子育て支援制度を作ることや、女性に配慮する方向性ばかりが進んでいましたが、本当の少子化対策に重要なのは、男性の働き方改革なのです。

すでに人口オーナス期に入っている日本は、人口オーナス期に経済成長しやすいルールに切り換えさえすれば、再浮上できるのですが、では人口ボーナス期と人口オーナス期は成長できるモデルがどのように違うのでしょうか?
次の図3で整理しました。

図3

まず1点目に、人口ボーナス期は重工業の比率が高く、筋肉を必要とする業務が多いので男性ばかりが働いたほうが効率がよいのです。男性をできるだけ労働市場に出そうとするならば、家庭における家事・育児・介護といったものは、誰かが無償労働でやってくれないといけない。つまり人口ボーナス期においては妻がそれらをこなし、夫婦が性別役割分担を徹底すると、社会全体としては極めて高効率であったということが言えます。
2点目に、なるべく長時間働いた企業が勝ちます。市場はまだ物やサービスに飢えていて、作れば作っただけ売れていくので長時間労働はそのまま業績向上につながります。「時間=成果」であったと言えます。
そして3点目に、なるべく同じ条件の人を揃えた組織が成功します。市場は均一な物をたくさん提供することにニーズがある時期ですから、右向け右、という動き方をしてくれる組織が強いのです。考える人は一部でいい。あとは組織に忠実な企業戦士ばかりをそろえることが大事。
こうした組織をつくることに、日本は非常に長けていたと言えます。この時期、社会全体の労働力は余っていることで企業のパワーが非常に強く、労働者にとって辛い条件を課しても必死でついてきてくれるので「転勤や残業」を猛烈に課し、それについてこられるかどうかでふるい落すやり方が横行しました。私はこれを「おまえの代わりなんかいくらでもいるんだよ戦略」と呼んでいますが、3か所くらい辛い部署を転勤すると、ちょっと昇進するというアメとムチの繰り返しにより、組織を従順化し、一律管理しやすい組織を作ったと言えます。この手法により日本は大成功しました。一説によると、同じ人口ボーナス期に中国が稼いだ額の約3倍を日本は稼いだと言われています。

ブラック企業では生き残れない

しかし数年前から、この方法が限界を迎え始めました。かつてはストを起こされても「お前の代わりなんかいくらでもいる」という状況だった企業も、労働力不足により「お前の代わりなんか……いない!」のです。ブラック企業と言われながらも、長年利益を上げながら営業してきた居酒屋チェーン店もついに赤字に転落し、大量の店舗閉鎖を行いました。労働力人口は随分前から激減していたのが、労働需要の高まりにより一気に露呈した形となりました。こうなると一気に社会は「人材奪い合い時代」に突入し、人口オーナス期に経済発展しやすい働き方の特徴が強く出てきます。
人口オーナス期に勝てる 戦略1
男女双方から選ばれる企業になる

人口オーナス期には、まず1点目に、男女をフル活用できた組織が勝ちます。頭脳労働の比率が高まるので、男女どちらがやっても差が出ない仕事が増えてくることに加えて、労働力人口が足りないわけですから、労働市場は完全に「売り手市場」になり「男女双方から」選ばれる企業にならないと、業務に必要な人材の量も質も賄えないということになります。「女性活躍推進法」により各企業の数字を比較できるサイトが、厚生労働省のサイト上に設置されました。そこには「男女の勤続年数の差」「女性管理職比率」「女性役員の数」「平均残業時間」がオープンになっています。これにより、これからはいい人材を採れる企業と採れない企業が二極化します。
人口オーナス期に勝てる 戦略2
なるべく短時間で働く

そして2点目は、なるべく短時間で働かせた企業が勝ちます。時間あたりの単価が高騰するからです。しかし、従業員の大半は人口ボーナス期に強い成功体験を積んでいるので、その時に培った仕事のやり方を、良かれと思って続け、後輩にもそのやり方を指導してしまいます。
社内資料の「てにをは」にこだわるなどというのは、その典型例です。人口ボーナス期にはそれでもペイするだけの人件費でしたし、そこで生み出した商品やサービスは大量に売れるので、理にかなっていましたが、もうこの人件費で、そのやり方は通用しませんので、本人たちがどんなに「もっと時間をかけて、完璧を目指して働きたい」と言ったとしても、組織として「短時間で成果をあげる癖」を徹底してトレーニングしていく必要があります。
こうした労働時間を見直すタイムリミットは、想像以上に迫ってきています。ここ数年、管理職の男性が介護で短時間勤務になるということが実際に頻発してきました。厚生労働省のデータによると、2015年時点で既に介護離職は10万人を超えていますが、これは嵐の前の静けさです。
最大のボリュームゾーンである団塊世代が2017年には一斉に70代に突入します。60代から70代に入るところで要介護率は倍に跳ね上がるのですから、今の比ではない大介護時代がやってくるのです。既に育児で休んでいる女性の数を、介護で休んでいる男性の数が逆転して超えている企業もあります。しかも団塊ジュニア世代がさらに困難なのは、晩産化の影響で、介護に携わり始めるころにまだ子育てが終わっていないのです。育児・介護・共働きの三重苦を抱えながら働く団塊ジュニア世代が、会社の中核なのに、働き方のルールが20年前の「仕事に24時間を捧げられる人を前提とした仕組み」では、職場は崩壊します。
時間に制約がある人達の集合体でビジネスをしても、勝てるような仕事のやり方に、2017年というタイムリミットに間に合って移行できるかどうかの勝負なのです。
人口オーナス期に勝てる 戦略3
違う条件の人を揃える

3点目は、なるべく条件の違う人を揃えるということです。市場は均一な物には飽きていて見向きもしません。こうした時代に最大のネックとなるのが「人材が均一な組織」です。同じ方向に一斉に頑張る時代には強みでしたが、多様化した市場には対応力が弱くなります。多様な人材がお互いに違う角度からの考え方を堂々と発表することができ、それが「どちらが正しいか」というような正誤を競うディベートになってしまわずに、「なるほど、違う考え方だね」と認め合いながらディスカッションしていくと、思ってもみなかったような化学反応が起きて、新規市場に乗り出していく商品・サービスが生まれるのです。

ただ、この「多様性」ということを、多くの企業では取り組み始めているものの「多様な人が参加していれば多様性」のような誤解があるように感じます。ダイバーシティー&インクルージョンと言いますが、少数派の人材も、自分がこの組織においてメイン人材であるという自信を持って発言できる状態になって、初めてダイバーシティーの意味があります。現実はどうかというと、多くの組織でたった1人登用された女性初の部長さん、課長さんは会議で少数派ゆえのプレッシャーの中で、実力も発揮できない環境にいるケースをよく拝見します。

労働環境を整備して人口オーナス山に飛び移れ

多様な人材が当たり前のように働くことができ、自信を持って発言のできるような「労働環境」をいかに整備するのかという戦いが、この人口オーナス期では最も重要になります。これからは、育児・介護・難病や障がいといったものを、仕事をする上でのマイナス条件にしない「労働環境」を作ることができた企業にしか、人材獲得はできなくなります。色々な条件の人たちを、一律の条件に合う合わないでふるい落すのではなく、それぞれの能力を発揮してもらえる環境を作れた企業は、優秀な人たちを集め、新しい付加価値を生み発展することができるのです。
今、どんどん地盤沈下している人口ボーナス山にしがみつくのではなく、青々と茂った人口オーナス山に飛び移っていきましょう。(図4)飛び移るタイムリミットはあと2年です。下図(図5)にあるように、日本は第1次・第2次ベビーブームがありましたが、第3次はありませんでした。

図4

この第2次ベビーブームの団塊ジュニア世代の女性が出産適齢期の範囲内にある、あと2、3年しか、この国の人口を増やせる可能性のある時期はもうないのです。そのあとは母体が激減してしまうからです。今の出生率のままでは、2100年には日本の人口は現在の4割になり、そのうち41%は高齢者という国になります。この人口減社会を救うことができる可能性があるのがあと2年なのです。社会が沈み終わる前に、一緒に新しい働き方に飛び移っていきましょう。

図5

2017.7掲載

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