ひろげよう人権|東京人権啓発企業連絡会

クローズアップ

有識者から当会広報誌「明日へ」に寄稿していただいた記事の転載です

田中穂積:ご存知ですか?ユニバーサルデザインの旅

プロフィール

田中 穂積(たなか ほづみ)

ANAセールス CS推進室 ツアーアシスト課 課長
1985年、添乗員として全日空ワールド入社。その後、ロンドン駐在や米州手配、顧客サービスを担当。ANAセールスへ移行後はCS推進室、予約センターを経て現職。2011年よりJATAバリアフリー旅行部会長。

一般社団法人 日本旅行業協会
(JAPAN ASSOCIATION OF TRAVEL AGENTS:略称:JATA)

正会員1,127社(2015.7.10現在)を抱える業界団体。旅行需要の拡大と旅行業の健全な発展を図るとともに、旅行者に対する旅行業務の改善並びに旅行サービスの向上等を図ることなどの他、旅行業法に基づく法定業務、社会に貢献する業務なども行っている。

「旅」は多くの人を惹きつけ「喜びと感動」を与えてくれます。しかし、そのためには誰もが享受できる安全・安心が確保されていなければなりません。
今回、広報委員会では、「旅」という視点から障害の社会モデルと合理的配慮について考えてみようと旅の起点のひとつである空港ターミナルの状況を視察しました。また、旅の安全・安心を支える日本旅行業協会(JATA)に最近の取組状況を伺いました。

参加型ユニバーサルデザイン

東京国際空港国際線旅客ターミナル 2015年6月29日、東京国際空港ターミナル株式会社(TIAT)企画部坂下シニアマネジャーのご案内により東京国際空港国際線旅客ターミナルを視察しました。
世界トップクラスのユニバーサルデザイン
多様な交通機関との連携、広い施設内の移動、高いセキュリティレベルなど、他の交通ターミナルとは大きく異なる特性を踏まえて、ハード面、ソフト面そしてスパイラルアップ(継続的改善)の3つの観点が一体となった世界トップクラスのユニバーサルデザイン(UD)の取り組みがなされています。
“障害の社会モデル”(注1)の考え方に基づき、障害の有無や年齢などにかかわらず誰もが、より便利でより快適に楽しむことができる施設をめざしています。

ユニバーサルデザインとは
ノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス氏が1980年代に提唱
「さまざまな人にとって、利用可能であるように製品、建物、環境をデザインすること」
と定義付け

ユニバーサルデザインの7原則

1.誰にでも公平に利用できること
2.使う上で自由度が高いこと
3.使い方が簡単ですぐわかること
4.必要な情報がすぐに理解できること
5.うっかりミスや危険につながらないデザインであること
6.無理な姿勢を取ることなく、少ない力でも楽に使用できること
7.近づいたり利用したりするための空間と大きさを確保すること
参加型ユニバーサルデザイン
国際線旅客ターミナルの設計・建築にあたっては、UD検討委員会が設置され、有識者、障がい者、関連事業者、行政機関が参加する「参加型ユニバーサルデザイン」の考え方が導入されました。また、下部組織にUDワークショップが設置され、移動班、視覚班、聴覚班の3班に分かれきめ細かい実地検証も行われ、多くの意見が反映されました。
境遇が違う人々が参加する検討委員会ということから、相反する意見が出るケースも多々ありました。また参加者からの要望がバリアフリー新法等と整合しないケースもあったそうですが、利用者目線の実地検証を重ね、最善の対応策を生みだしています。

(注1):障害の社会モデル・・・社会的不利はそのひと個人の問題だとする医学モデルに対して、社会的不利は社会の問題だとする考え方

参加型ユニバーサルデザイン

ターミナル視察
多機能トイレには車いすでも十分なスペースがあり、跳ね上げ式手すりはトイレにより左右異なる配置で設置されています。なお、緊急時の情報伝達では、赤色灯が突然点滅して利用者がパニックを起こす懸念から緑色灯を用いています。自動ドアについては、車いす利用者、視覚障がい者で意見が分かれましたが、実験を重ねた結果、ドアを開けたところで止まるフリーストップ構造を取り入れた軽量手動式ドアやロックの位置など既存の設備と違った配慮が施されています。その他、補助犬トイレの備えもあります。(注2

重要な情報であるフライトインフォメーションボードや案内サインは、弱視の方の意見を参考に背景色や大きさを工夫したものが視認・判読しやすい位置に数カ所配置されています。エレベーターはドア幅が広く、聴覚障がい者に対応した非常ボタンや昇降で異なるチャイムなどが設置されています。案内カウンターには、点字併記の「手で見るフロアマップ(触知パンフレット)」や「コミュニケーション支援ボード」が配置されています。
車いすを利用する方の悩みのひとつとして、航空機内の狭い通路幅があります。一般的な車いすであれば乗り換えなければ座席までたどり着けませんが、TIATでは外側大車輪をワンタッチで取り外し、内輪だけで車幅を狭くし航空機内の座席まで利用できる特殊車いすを採用し、配備しています。

世界一のおもてなし
快適な利用を手助けするのは設備(ハード)面だけではありません。「サービス介助士」(注3)の資格や手話スキルをもつコンシェルジュ(総勢約80人のうち一日当たり約50人が対応)が24時間、積極的な声掛けをして、困っているお客さまの案内や介助にあたっています。
スローガンとして「世界一のおもてなし」を掲げ、コンシェルジュだけでなく、商品を販売している方やチケットカウンターの方などターミナルビルで働く皆さんも研修を受け、一丸となってユニバーサルな「おもてなし」を実践しています。
スパイラルアップ
UDの取り組みは施設やソフトの供用で終わるものではありません。TIATではバリアフリー新法や国土交通省UDガイドラインなどの適合検証をはじめ、利用者の意見、評価の反映、CS(顧客満足)調査の結果などを基にUD検討委員会(実施検証・評議会)やCS連絡会議を開催してスパイラルアップを実行しています。これにより、さらなるハード・ソフト両面の向上を継続的に図っています。
私たち抜きに決めないで
今回の視察のポイントは、“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)ということでした。TIATの「参加型ユニバーサルデザイン」では、単に参加者の意見に耳を傾けるだけで終わることなく、全員で行動を観察し、障害(バリア)に対する予断、偏見、思いこみを取り除き、具体的な対応に繋げています。誰もがすぐに同様の設備を導入するのは難しいですが、社会の障壁を取り除くのは費用をかければいいというわけではないでしょう。「参加型ユニバーサルデザイン」の考え方を参考にすれば、案外容易に解決できるアンサーがあるかもしれません。
2016年4月1日より障害者差別解消法が施行されます。「社会モデルへの変革」の第一歩は「自分と違う境遇の視点に立ち、当事者の意見を聴き、そして話し合う」ことからスタートするのが大切ではないでしょうか。

(注2):2015年9月、TIATは「内閣官房 すべての女性が輝く社会づくり推進室」の「日本トイレ大賞(国土交通大臣賞)」を受賞

(注3):公益財団法人「日本ケアフィット共育機構」が認定する、おもてなしの心と介助技術を学ぶ資格

日本旅行業協会(JATA)の取り組み
2016年4月の障害者差別解消法施行を前に、大きな影響を受けると推測される旅行業界はその法令の主旨を踏まえた対応を模索しています。もともとJATAでは社会貢献委員会に「バリアフリー旅行部会」を設置し、会員旅行会社のバリアフリー(BF)への取り組みを推進していましたが、ここ数年は“ユニバーサルツーリズム(UT)の推進”をキーワードに会員各社が広くかつ前向きに障がい者や高齢者の旅行参加を受け入れるよう働きかけを行っています。
“バリアフリーツアー”から“ユニバーサルツーリズム”へ
いままでは一部の旅行会社が障がい者向け専用にツアーを商品化し、障害のある方から申込みを受けた場合、そのBFツアーをお勧めするのが一般的でした。BFツアーは障がい者のために、例えば車いす用リフト付き車両の用意やサポーターや手話通訳が同行するもの、ゆっくりとした行程のもの等、特別な配慮がなされている旅行です。障がい者にとって便利な反面、旅行代金が高くなったり、出発日や旅行先が限られてしまう面もあります。旅行会社にとっても専門知識や特殊な手配が必要で、積極的に取り組むには難しいものがありました。
これに対してUTは、観光庁の定義どおり「障害のあるなしにかかわらず、だれもが参加できる旅行」です。専用に作るのではなく、既存のツアーに障がい者や高齢者、お手伝いが必要な方も広く参加できるよう、各種サービスを付加したり、行程に配慮を加えるなど、お客様のコンディションに合わせたアレンジを行う旅行プランです。

ユニバーサルツーリズムの取り組み
部会長 田中 穂積

ユニバーサルツーリズムへの取り組み
2014年度、JATAと観光庁は共同でBFツアーへの取り組みについて旅行会社にアンケートを行いました。そこで見えてきたのは、高齢化が加速する中で高齢者や障がい者が重要なマーケットであると理解しているものの、旅行会社が過敏になっている様子です。過去に障がい者の旅行参加に関して経験したトラブルや苦情、あるいは受け入れのノウハウや知識がなく対応に戸惑うことなどが原因と思われます。
このような旅行会社側の苦手意識が過剰反応に繋がり、結果として障がい者が障害のあることを事前に旅行会社に知らせずに参加し、介助が必要であることが出発後に発覚したり、バスや飛行機が利用できないなどのトラブルが起こるという負の連鎖があることも分かりました。

東京国際空港(羽田空港)国際線旅客ターミナル

この結果を踏まえて、JATAバリアフリー旅行部会では、会員会社向けの対応マニュアル「ハートフル・ツアー ハンドブック」を作成しました。これは、申し込みの段階から手配並びに現地対応までを場面ごと、障害の種類や程度ごとに分けたチェックリストです。
これを介した会話により、障害のあるお客さまとの信頼関係を築くことがまず大切であり、双方の建設的な対話を可能にする合理的配慮の実例として積極的な活用を旅行会社に促しています。
さらに、聴覚障がい者向けにスケジュールや諸注意を案内するためのカードや海外の空港保安検査等で人工関節や注射器持込などを説明するカード、あるいは障害のある旅行者向けのリーフレットなども作成しています。
これにより、旅行会社の案内漏れや対応の不備を防ぎ、より快適な旅の実現を目指し、結果的には旅行会社の業務の効率化にもつながっています。
これらは、以前から定着している「旅行後のお客さまアンケート」、JATAが設置している消費者相談室や会員会社向けの相談窓口などにより、当事者・関係者双方からの意見や要望をできる限り多く聴き取り反映させることで、障壁の一つひとつを着実に除去することに繋げている実例であると言えます。
その他、各地で「UT推進セミナー」を開催し、超高齢社会における旅行マーケットの動向やUT対応の基礎や考え方、航空会社や空港の取り組みなどを会員会社に紹介し、UTへの取り組みが決して難しいものではないことを案内しています。
また、受講者に高齢者疑似体験も経験していただいています。
「障害者差別解消法」と旅行業界の対応
この法律は、「障害を理由とする差別の禁止」と「合理的な配慮(努力義務)」の他にも、相談窓口の整備や従業員に対しての啓発をすべての事業者に対して求めており、その対応が分からないという方や、あるいは施行をきっかけにお客さまの権利意識の過度の高まりなどを懸念する方もいます。
これらの対応については、業界全体で一定のスタンダードを作成し共有することが必要です。また、この法律の主旨や障害に関して正しく理解するために教育や研修は大変重要となるため、JATAが中心となり実施するセミナーや、このセミナー受講者を認定する「UTマスター(仮称)」()のような制度の導入が検討されています。
2020年とユニバーサルデザイン
東京オリンピック・パラリンピックについて「障がい者が多く来るからBFを進めなければ」という話をよく聞きますが、「多様な人びとが多く集まるからユニバーサルデザインを進めなければ」というのが正しいアプローチと考えます。UTの基本概念であるユニバーサルデザイン(UD)は「すべての人々が公平に使用できる」とのコンセプトであり、外国人や障がい者など多様な人びとを内包しているからです。
現在2020年に向けてさまざまな準備が進められており、事業者はビジネスチャンスとしてもサービスの構築を推進しています。しかしながら、オリンピック・パラリンピックは一過性のものですから、大きな節目であり試金石にはなりますが、その後のさらなる超高齢社会を見据えてUDを着実に推し進めていく必要があります。 高齢者や障がい者のマーケットは今後ますます大きくなり、さらに政府は訪日外国人旅行者を2020年に2000万人まで増やそうとしており、旅行業界にとってUTは“取り組まないと生き残れない”テーマになりました。年齢や性別、国籍、障害の有無にかかわらず、だれもが楽しめる“ユニバーサルな旅”は一人ひとりのお客さまに向き合うことにより、まず相手を理解することから始まります。
JATAは今後も引き続き、安心安全で快適な旅、だれもが平等に、より人権が尊重された旅の実現に向けて旅行業界をサポートしていきます。

(注): UTマスター(仮称)
観光庁のUT推進事業において検討されている方策。JATA等が主宰するUTに関する研修を受講・修了した者へ付与
ライセンス保持者が所属する旅行会社の見える化や差別化、ネットワーク構築への発展が期待できる

2016.4掲載

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